爆風スランプ
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あなたは爆風スランプを どのくらい知っていますか? |
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--- 爆風スランプ ---
『スーパースランプ』というバンドのサンプラザ中野とパッパラー河合、『爆風銃』
(バップガン)というバンドのファンキー末吉、江川ほーじん、にて結成されたのが
『爆風スランプ』で1984年にメジャーデビュー。
当初は、コミックバンド路線で
『無理だ!』などがマニアの間で地味なヒットとなったが、途中で路線の変更をし
『Runner』、『リゾラバ』、『45歳の地図』などヒットをとばすようになった。
その後、長期休養に入ったが、その後の活動は低迷し現在は活動休止中である。
ただ、休止中にも何度か復活ライブ等を行っている。
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爆風スランプ−結成前夜〜コミックバンド時代− |
--- 爆風スランプ ---
『爆風スランプ』の母体のなったのが『スーパースランプ』、
『爆風銃』という2つの
アマチュアバンドだが、この両バンドは、サザンオールスターズやカシオペア、SHOW-YA
など多くのメジャーデビューを輩出したヤマハ音楽振興会主催のバンドコンテストである
EastWest(1976年〜1986年)のいくつかの賞を受賞するなどの活躍を見せる。
そのような場で知人となっていた、サンプラザ中野、パッパラー河合、ファンキー末吉、
江川ほーじんにより『爆風スランプ』は結成された。ちなみに、
ここでファンキー末吉はニューファンキー末吉と名称変更している。
結成当時は、明らかにコミックバンドで、過激なパフォーマンスを信条としていた。
夜のヒットスタジオでも、アルフィーのセットを壊してしまい、また、ベストテンにも
今週のスポットライトにて出演するが、ロープを使ってターザンの真似をするなど、
スタジオ内を暴れまくった。当時の楽曲としては、マニアの間では、『無理だ!』が
ヒットしており、『無理だ!亀の腕立て〜!』と歌番組でも絶叫するシーンが見られた。
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爆風スランプ−全盛期− |
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コミックバンドとして活動するも、その限界が見え始めた頃、新たなプロデューサーを
迎え、売れ線の活動に路線変更するも、ベースの江川ほーじんがそれに反発して脱退を
表明。ニューファンキー末吉が作った曲に、サンプラザ中野が、辞めていく江川ほーじん
の姿を詞にして、「Runner」が誕生する。これが1988年のことであった。皮肉というか
これが、楽曲に詩の内容も相まって大ヒットとなり、以降『爆風スランプ』の
全盛期を迎えるが、1988年の紅白における「Runner」、そして翌年1月の武道館を最後に、
やはり予定通り、江川ほーじんは『爆風スランプ』を去ってしまう。
その後、テレビの歌番組に出演の際は、聖飢魔II、THE ALFEE、プリンセス・プリンセス、
男闘呼組、スターダストレビュー、カシオペアなどのバンドからベーシストを助っ人として
迎えており、交友関係の広さも垣間見える。結局、江川ほーじん脱退後のベーシストは
同じ事務所のバンドであったTOPSの和佐田達彦をバーベQ和佐田として迎えいれ、
新生『爆風スランプ』としてスタートした。その後も『リゾラバ』、『45歳の地図』など
ヒットを続け、『爆風スランプのお店』というTV番組も持つようになっていた。
その後、ヒットメーカーの宿命か、多忙なスケジュールをこなすことにより
メンバーの疲労も蓄積し、一時、長期休養に入ることとなった。
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爆風スランプ−その後− |
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--- 爆風スランプ ---
『爆風スランプ』の
長期休養中に、サンプラザ中野とパッパラー河合はアフリアへ
ニューファンキー末吉は、中国へ赴き、各々何かを得たようにも
見えたが、長期休養後の『ORAGAYO〜in the 7th heaven〜』は
セールスとしては芳しくなく低迷をたどった。
その間、各人は、ソロ活動等を行うようになり、
末吉と和佐田はBBFというユニットを結成し、アルバム「ZUM ZUM PARADISE」を発表。
また、末吉は中国でのアーティストのプロデュースを行うなどの活動もしていた。
パッパラー河合は、当時、『王様』によって直訳ロックが流行していたためか、
女王様という名で、クイーンなどの洋楽を直訳した曲をリリースするなどの活動をしていた。
その後、1997年に『進め!電波少年』の「猿岩石」の企画のテーマソング、「旅人よ〜The Longest Journey」が大ヒットとなるが、1998年アルバム「ハードボイルド」を発表し、
翌1999年4月に『爆風スランプ』は活動を休止してしまう。
活動休止後、
サンプラザ中野とパッパラー河合はスーパースランプを再結成。
末吉と和佐田は、ハードロックバンドX.Y.Z.→Aにて活動。
また、1989年に脱退した江川ほーじんは、RHINOCEROS(ライナセロス)などで活動中。
さらに、一時的は復活は何度かしており、2004年の12月に、当時中野がコメンテーターを
務めていたABCテレビ「おはよう朝日です」の企画で一夜限りの復活を果たし、大阪のABCホール
で『爆風スランプ』がライブ。
また、2005年12月19日、20日の2日間限定で『爆風スランプ』
再結成ライブ「45歳のフェス(恋愛の日・青春の日)を行った。ベーシストは初期オリジナルメンバーの江川ほーじんではなく、両方ともバーベQ和佐田であった。
爆風スランプ(80年代)
爆風スランプ(90年代)
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